私がロウフルでないことの証明

考えの違う人たちを非難したり対立したりする活動でないかぎり、
私も動物たちのことを考えている人たちを応援したいとは思っています。

私は一軒家で育ったので、
子どもの頃はあちこちで捨て猫を拾ってきては
家族で里親を見つけたり、
引っ越す友だちが捨てそうになっていた成犬を、
引き取って飼っていたこともあります。

だいぶ前にインターネットを使っての
犬や猫の里親さがしもやったことがありました。
驚くほどたくさんの人が手を挙げてくれて、
インターネットの向う側に大勢のやさしさを感じたものです。

今ではペットの里親をさがしているサイトはたくさんあります。
リアルとネット、人の層はきっと違うと思うので、
どちらもそれぞれに必要とされていることでしょう。

……

日本人にとっては中国で犬が食べられていることを理解できないように、
イスラム教の人々には日本人がブタを食べることを理解できないでしょうし、
ヒンズー教の人々には日本人がウシを食べることを理解できないでしょう。

もし日本に犬をペットとして飼う習慣がなく、
スーパーにしか並んでいなかったとしたら、
中国で犬が食べられているという話を聞いても、
きっと驚きもしないはずです。

何が言いたいかというと人の常識なんてものは、
たいてい今までの経験によるものであって、
もしかしたら自分が今、許せないと思っている側に
なっていたかもしれないということです。

病に苦しんでいる人を救うのが
一番たいせつだと思っている人もいるし、
たとえそれをあきらめても
動物を実験から救うのが一番たいせつと思う人もいます。
それはそれぞれの優しさです。

ひとつの正義しかない世の中より、
意見の違う人どうしが、お互いを理解し、尊重し、認め合う、
そんなふうに、色々な考えの人たちが仲良く暮らせる社会が、
私はいいなぁと思います。